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9歳の壁 10歳の壁 幼児期からの対策 夏見台幼稚園 千葉県船橋市

9歳の壁SERVICE&PRODUCTS


 

 園主である私鳥居は、教育における3大問題を次のように考えています。

(1)いじめ
(2)落ちこぼれ
(3)進路未定

 共通点は
「想像力の欠如」です。(1)「心」は目に見えず(2)「論理」も目に見えず(3)「時間」も目に見えません。9歳の壁の問題とは、まさに、抽象的思考力の問題です。それは単に「知力(落ちこぼれ)」だけの問題ではなく、「感情(いじめ)」の問題でもあり、「意志(進路)」の問題でもあるのです。

 このコーナーでは、9歳の壁と幼児教育の関係について触れます。幼児期からの「遊び」こそが、9歳の壁対策になりうると思うからです。

1.「9歳の壁」とは?

 「9歳の壁(10歳の壁)」とは何か。2009年6月にNHK総合「クローズアップ現代:10歳の壁を乗り越えろ!」でも取り上げられたのでご存知の方もいるかと思います。最近9歳(10歳)頃に勉強についていけないという子どもが急増しています。これは一体どうしたことなのでしょうか?  
 
 

 ちょうどこの時期が小学3、4年。勉強内容としては分数や余りのある割り算、文章問題などが出てきます。目で見たらすぐわかる内容から抽象的な内容に変わってきます。今までのように丸暗記したり、お手をなぞったり、反射的に反応できるようなカリキュラムから質的に変化してくるのです。すなわち思考力が求められます。目の前にないものを頭の中でイメージできなければなりません。学校で学び始めて最初にぶつかる難関です。

 

 ところでこの「9歳の壁」という言葉の命名は、東京教育大学付属聾学校長の萩原浅五郎氏といわれます。障害児教育の分野から研究されてきたのです。知的障害とは「IQ75以下」といわれ、論理的思考力が通常の9、10歳レベルにとどまっているものともいわれます。荻原氏は、知的障害がないにもかかわらず、聴覚にハンデがあると小学3、4年の学習の理解に困難をきたす、というのです。

 

 耳から入る情報量のハンデが、抽象的思考力の獲得のつまずきになるのです。「ことばの力」が弱い、というわけです(参考文献「少年期の壁を越える」加藤直樹著、新日本出版社)。ことばの力をしっかりと身につけることは物事を抽象的に考えることになり、それは学力に直結すると考えられます。※現在では聴覚障害児への教育実践の発展によりこの問題は改善されつつあるということです(前掲書より)。

 教育上の1つの大きな問題が、「9歳の壁」ではないでしょうか。そのあたりを、ボウリングの「スパット」に例えてみましょう。
 

 ボウリングの目的は、レーンのはるか先にあるピンを倒すことです。そのために目の前にある「スパット」を、とりあえずの指標としてボールを投げます。

 この「スパット=とりあえずの指標」が「9歳の壁」です。ここを上手に越えること。そのための幼児教育です。逆にいえば、スパットまでを上手に経過すれば、ゴール(成人)は見えてきます。



 私たち大人には、「心の中に(あるいは自分の外に)もう一人の誰かがいる」という感覚があります(心理学でいう「メタ認知」)。考えるプロセスとは、「もう一人の誰か」との対話です。本を読むときでも、文章を書くときでも、私たちは無言の対話をしています。

 ところで幼児の特性の1つに「自己中心性」があります。自己の分離は難しいものです。しかし「イメージできる力」が育ってくると(つまり抽象思考が進むと)、モノをシンボルに置き換えることできるようになります。(次ページ「6.思考力獲得の道すじ」参照のこと)

 その結果、

「もう一人の誰か(もう一人の自分)」の存在

が理解できるようになります。自分という存在を、もうひとつ生み出す。これぞまさに究極の抽象化です。すると次の3つのことが理解できるようになります。



「@時間:意志・希望」について

 みなさんに質問です。小さな子どもは「場所」と「時間」のうち、どちらを先に認識すると思いますか?答えはもちろん「場所」です。目に見える「場所」の感覚は、イメージしやすいものです。しかし「時間」の感覚は目には見えません。

「来年になったらできるから…」

といっても、「来年になって成長した自分」という時間軸がイメージできないと、幼児には伝わりません。(ここに具体的なモデルとしての「異年齢保育」の意義があります)。

 しかし抽象思考が育ってくると、「将来の自分」がイメージできるようになります。すると

「(あそこまで)もっとがんばってみよう!」「(あそこまで)我慢して続けてみよう!」

という意志や希望が湧いてきます。継続的な努力が可能になるのです。一般に小学3,4年で塾通いが始まるのはこのためでしょう。


「A論理:知力」について

 思考とは、心の中での対話です。論理性とは、思考という目に見えない道筋を「ああでもない、こうでもない」とたどっていくことです。心の中の誰かを相手に、

(いや、待てよ!)

と試行錯誤しながら問題を解いていくわけです。このとき、心の中に誰もいなくて

「?」「…」

といったつぶやきばかりだと、当然、勉強は進みません。9、10歳あたりから落ちこぼれが出てくるといわれるのはそのためです。


「B心:社会性・共感」について

 「もう一人の自分」の存在は、自分以外の視点を外に作り出します。客観性です。すると友達の視線が気になり出します。また、他人の心を推し量れるようにもなります。これはなかなか切ない問題です。

 いい意味でも悪い意味でも、人生の諸問題に気づき始めるのです。友だちとの比較が始まります。劣等感が生まれます。もちろん優越感も生まれます。批判精神も生まれてきます。単純なほめ言葉が通用しなくなります。また性的な羞恥心も出てきます。

 この羞恥心のおかげで、「次はがんばるぞ!」という「意欲」が高まります。それとともに、他人に恥ずかしい思いをさせないようにという「思いやり」も出てきます。社会性です。
 
 俗に「人の振り見て我が振り直せ」といいますが、他人のことはよくわかるものです。目で見えますから。しかし私たちは、自分の目で自分の顔さえ見ることができません。だから自分のことはなかなかわからないのです。

 しかし「鏡」があれば別です。そしてこの自分を映し出す「鏡」こそが友だちなのです。仲間集団なのです。

 思春期の発達課題である「アイデンティティ」は、こうした仲のよい友だちを「鏡」にすることで作られてくると、児童精神科医の佐々木正美先生は言っています。。

 ところで「9歳の壁」でつまづくことは、学力面のみならず、 精神面においても悩ましい問題となります。「相手の心」という抽象概念が理解できないと仲間作りが難しくなります。また「いじめ問題」への関連も無視できません。
 
 以下は非行少年の専門家である、家庭裁判所調査官のコメントです。
 
「少年院に入ってくる少年に共通した特徴。それは家族構成や地域差や学校差ではない。小学校3年、4年生の頃の育ち方である」 (『児童心理2012年8月号臨時増刊小学三年生・四年生のこころと世界』金子書房より)

 この時期に友だちと遊んだ体験の乏しさ。夏見台幼稚園・保育園が「発達段階に合わせた遊び・おもちゃ」の選択にこだわる大きな理由の1つがここにあります。



以下に続きます。

1.「9歳の壁」とは

2.思考力獲得の道すじ

3.子どもを賢くする4つの遊び

4.「ことば」と「遊び」の関係

5.手先と言葉と脳の関係

6.「絵本」は「生きる力」を育む!

7.「模倣」が意味するもの

8.ヨーロッパの幼児教育の歴史

 


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